「売れている」ということは「売れている」ということしか意味しない。

昨日、デジタルカメラを購入しました。

某家電量販店では、

あるメーカーのカメラを強力に勧めていました。

いわく「キャンペーン中」とのこと。

他のカメラに興味を示しても、

なにかというと、そこのメーカーのカメラに話を戻してくる。

「安くなっている」

「いまなら~~がついてくる」

「あれを買うなら、これのほうがいい」

きわめつけは、

「いま、一番売れている」

と。

これはもう、なにか明確な意志がなければ、

これを買ってしまうだろうなというぐらい、

パワフルかつ、巧みな販売姿勢でした。

ところが、

僕自身は、カメラに詳しい友人から、

「そこのカメラだけは、買っちゃダメです」

「近年稀に見るひどさです」とまで、

これまた強く”逆オススメ”されていたので、

予定通り、別のメーカーのものを買って帰りました。

「売れている」ということから、

人はいろんなことを考えます。

いいものに違いない、

安心だ、正解だ、

みんな支持しているに違いない、と。

ところが、

売れている、ということからは、

売れているのだ、というjust事実しか分かりません。

その理由は、

販売であったり、広告であったり、

安さであったり、勢いであったり、

たまたまメディアでとりあげられたから、であったり。

まちがっても、

売れている→いいもの

という図式などなりたたないのだと。

そのことを、

改めて肝に銘じたくなるほどの、

また、メーカーと販売店の間で、

どのような契約・条件が取り交わされているのだろうと、

おそろしくなるほどの、

売り場風景でした。
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